【コラム】超貧乏!高校卒業後の貧困時代を乗り切った3つのゲームソフトとは?

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どうも、俺っす!!!!!!

ちょっと前に「PS Oneを買ったよー!」って記事を書いたと思うんだけど、その時に明かした10〜20代頭の頃の超ウルトラ貧困生活。

超貧困だったけど、「やはりゲームはやめられない!」ってことで相変わらずゲームしまくってたわけ。

ただ、当時全盛期だったPS3やWiiのソフトは値段が高かったし、あまり長く遊べるゲームって俺の中ではそんなに無かったから、中々手を出せなかったのよ。

「買って失敗したら勿体ない」みたいな。

そんな超極貧生活の時にどんなゲームをプレイしていたのかってのを今回は語って行こうと思う。

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どんな生活を送っていたのか?

少年時代の夢

中学1年生の頃、俺は音楽の楽しみにどハマりし、いつしか音楽家になる夢を抱くようになる。

「意外!!」って言われることが多いんだけど、俺は福山雅治さんに凄く憧れていて、自分で作詞・作曲をしてアコースティックギターを片手に歌う、いわゆるシンガーソングライターというのになりたかった。

全てを自分でプロデュースするってカッコいいなって思ったわけ。自分が作りたい曲を作って、色んな人に聴いてもらってってのは夢のようだなって。

それがキッカケで中学1年生の頃に、親に頼み込んでギターを買ってもらった。そのギターね、ホントに去年までバリバリに使ってたのよ。

そのギターは名残惜しくも高校生のいとこに譲っちゃったんだけど、ホントにずーーーっと使ってた。主に作曲とかレコーディングの時にもバリバリ使ってたのよ。ボロッボロだったけど、音はそれなりに良かったんだよなぁ。

そして、中学2年生の頃に初めて作曲を経験。作曲と言ってもそこまで本格的なものではなくて、コード進行を考えて、それにメロディを乗せて、歌詞を書くっていう超シンプルなもの。

もちろんクソ曲だったけど、サビのメロディーは今でも憶えてるわwwwホントにクソ曲ww

高校生になると初めてバンドを結成。そこからバンドという面白さに目覚めて、ベース、ドラム、キーボードなどの様々な楽器に触れるようになり、知らないうちに音楽理論的なものが身に付いてきたのだ。簡単な編曲ができるようになったのもこの頃から。

俺たちの周りでもバンドをやってるやつらはたくさんいたんだけど、オリジナルソングを作って演奏してたのは俺らだけだったな!他は皆んなコピーバンドだった。

そりゃクソ曲ばかりだったけど、自分たちで作った曲を演奏するってのは本当に最高だった。

ミュージシャンを目指して極貧生活に突入

そして、高校を卒業と同時にミュージシャンを目指して上京。何もないゼロの状態から上京したので、大学とか専門学校に通ってた友達の家を転々とするホームレス生活を送っていたのだwww

上京した時の全財産は、高校時代にバイトで貯めた6万円のみwwwwwどうやって生活すんねんって感じなんだけど、なんとかなったんよww

…ってこの画像はいくらなんでもひでぇかwwww

上京してからしばらくは餃子の王将でアルバイトをしてた。ここはそれなりに時給が稼げたし、何よりまかないで美味い飯が食えたから、ホームレスの俺にとっては最高のバイト先だった。

今思えば、住所が友達の家になってる俺をよく採用してくれたものだよwwとにかくバイトをしないと生きて行けなかったから感謝してるわー☺️

それから約3ヶ月後くらいに、高校時代から海上自衛隊に所属していた幼馴染が神奈川県の横須賀市ってところに引っ越してくることになったんだよね。

しかも「アパートを借りるけど休日くらいしか家に帰れないから、その間は好きに使っていいよ!」って言ってくれたのよ!もうな、王将のバイトをソッコーで辞めて横須賀に移り住んだわよww

ミュージシャンになるには東京にいた方が数倍いいんだけど、とにかく住むところとバイト先が無いと始まらないので、俺は神奈川県に移り住むことを決意。

そもそも、この頃はシンガーソングライターってよりもコンポーザー(作曲家・編曲家)になりたいなって思い始めるようになってたから、別に東京に近けりゃどこでも良かったんよな。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/衣笠駅

横須賀と言っても当時は衣笠駅っていうところが最寄駅だった。中心街とはほんの少し離れた場所だね。飯は美味かったし、のどかですごく良い町だったなぁ。

ほぼ一人暮らしの生活を始めた俺は、この頃から女遊びも酷くなっていく。金もねぇのになwwwwwwwwwww

しかも友達のアパートに女性を連れ込んで…っていう本当にクズの典型みたいな生活をしてた。

この頃はバイトを辞めて新たなバイトを探し始めていた頃だったので、この時が人生で最も貧乏だったなぁ。本当に金がなかった。

年金と光熱費と携帯代を払うのが本当に大変で、それだけで食費が雀の涙程度になるってレベルだった。でも辛くはなかったな。むしろ楽しかったし、すごく良い思い出。

ただ、「このまま居候しているわけにはいかない」って思って、アパートを借りるために貯金を始めることになる。

アルバイトは色々やったねー。工事現場、結婚式場、ホストクラブ、焼肉屋etc…。

それで貯めた30万円で、横須賀中央駅のほんと近くのアパートを借りて自力で一人暮らしを始めたのだ。

そこからはアルバイトを色々掛け持ちしながら生活していたから、貧乏ってほどの生活では無くなったんだよね。

友達と飲みに行けるようにもなったし、好きなゲームも買えるようになったし。

しかもこの頃には作曲家としての仕事も少しずつ増えて来て、やっと軌道に乗って来たって感じだった。

横須賀中央に引っ越して来た頃は友達どころか知り合いが1人もいなくて結構孤独な生活を送ってた。でも、当時コンビニで働いていた時のたくさんのバイト仲間にすごく良くしてもらって、今でも交流がある関係にまでなることができた。

地元出身でも何でもない謎の俺と、よくあそこまで仲良くしてくれたものだよなぁ。今でも感謝してもしきれないくらいだよ。俺は幸せ者だと思ったね。

まぁここまでダラダラと語って来たが、要約すれば高校卒業後(19歳)〜横須賀中央に移住(20歳)までがとにかく極貧生活だったってことだな。

どんなものを食べていたのか

またまたどうでもいい話なんだけど、貧困時代にどんなものを食っていたのかって話よね。

ホントね、ドン引きするくらいに酷い食生活だったぞwwwwwwww1食換算で50〜100円くらいだったんじゃなかろうか。

最も貧乏だった衣笠時代は、近くに100円ローソンってお店があったんだよね。ほとんどのものが100円で買えるコンビニよ!

雑貨とか日用品だけでなく、食品とかも売ってたんだよな。野菜とか。

そこで3枚くらい入ったベーコンとか野菜を買って、フライパンで炒めて終わりwwww味覇で味付けしてね!

それにご飯と、ほとんど具が入っていないインスタント味噌汁をたまに付けるくらいか。これでも俺にとっては相当なご馳走だったねww

米は駅前のSEIYUで10kg分を購入してた。米って10kgも買えば数ヶ月は保つからホントにリーズナブルだよね!美味いし!!!!

あとね、SEIYUの弁当がめちゃくちゃ良かったのよ!!!確か290円でハンバーグ弁当とかシャケ弁当が売ってたのよ!!これがほんっっっとうに安くて、週3くらいで食べてたよねwwww

外食もたまにしてたけど、すき家の牛丼オンリーだったねwwあとはマックww

ただ、マックって貧乏人にとってはそこそこ値段が高いから、滅多に食べることはなかったけどさ!

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極貧時代の俺を支えた3つのゲーム

やっとここからが本題だwwwwwwww(前置きがなげぇよww)

そんな極貧生活中にもゲームは欠かせなかったというか、ゲームくらいしかやることがなかったんだよwww

金が無さすぎて出掛けられないし、友達がいないから飲みに行くこともないし、衣笠にいた頃はとにかく引きこもってゲームしてたね!

バイトが決まるまではとにかく暇だった。ホントに1日が長かったよ。

そんな中、俺が熱中していたゲームを3本紹介しよう。

何をやっていたかで、俺の年齢が完全にバレてしまうが、気にすることはない!!!!!!

ポケットモンスター プラチナ

2008年9月13日発売

俺が極貧時代に最も遊んだのがポケモンプラチナだね。この当時のポケモンってめちゃくちゃ人気で、予約しないと当日に買えないくらいだったのよね。

ダウンロード販売ってのも確か無かったはずだし。

これのお陰で随分と長い時間を楽しめたね!トータルで300時間くらいやってたんじゃねぇかなww

DSのゲーム、特にポケモンは値段が安くて(4800円)、これ1本買えば何時間でも遊べるってのが最高だったんよな。当時は努力値稼ぎを始め、育成にクソほど時間が掛かったから、対戦用のポケモンを1匹育てるにも数日掛かった記憶があるね。

そう、この辺りから俺は孵化厳選みたいなことをやり始めて、ポケモンの育成の楽しさにどっぷりと浸かってしまったね。ポケモン廃人の入り口に踏み込みかけてたものwwwいや、もう踏み込んでたのかな??

乱数調整とかその辺は意味不明すぎてやってなかったわ。当時から馬鹿だったからね。

この時のプラチナは本当に思い出深くて、今でも売らずに取ってある。いつかブログを書きたいなって思ってるから、忘れた頃にポンって記事を投稿するかもよww

これをプレイしていた当初、2歳年上の彼女がいて(スーパー貧乏人なのに)、その人と一緒に遊んでたね!対戦とか交換をめっちゃやってたわ!

孵化余りのタマゴを交換したりさ。

その時に使ってたパーティは、バンギラス、クロバット、ヘルガー、ピカチュウ辺りだったのをよく覚えてる。いやー、懐かしいなww

牧場物語 風のバザール

2008年12月18日発売

もう1つは『牧場物語 風のバザール』っていう、これもDSの作品。

自分の牧場を運営するお馴染みのシミュレーションゲームで、作物栽培や家畜飼育に加え、自分で育てた野菜や副産物をバザーで販売することも可能。

このゲームも馬鹿みたいにハマったねwwwやっぱりシミュレーションゲームってハマり出すと止め時が分からなくなるから困るんよなぁ🙄🙄🙄ホントに犯罪的ゲームである。

風のバザールにはシリーズ恒例の結婚システムがあって(男女プレイヤー問わず)、これに関するストーリーも作り込みも結構凄いのよね。

俺、あまりにも暇すぎて、全員分クリアしたもんなwwwwwすなわち5周したってことwww

恋愛イベントが見たかったから、最終的には牧場経営をほったらかして恋愛に走ってたよ。「ときメモでもやってろや」って思うかもだけど、牧場経営という生活をしながらの恋愛だったから、なんだかすごくリアリティを感じたんだよね。

今でもたまにやりたくなるもんな!!たまにプレイすると当時の感情とか思い出が蘇ってきて泣きそうになるっていうww牧場物語で泣きそうになってるのって、世界で俺だけじゃなかろうか。

遊戯王デュエルモンスターズ ナイトメアトラバドール

2005年7月21日発売

最後の1本は『遊戯王デュエルモンスターズ ナイトメアトラバドール』!現在、プレイ日記を絶賛連載中の遊戯王初のDS専用ソフトだ。

遊戯王のページでも語ったんだけど、これを延々とやってたねwwwカードコンプやキャラクター全員の好感度をMAXにするくらいまでやり込んでた。

当時からデュエルが大好きだったんだけど、カードの方は貧乏すぎて買えなかったのよwwいや、それなりに買えたとは思うんだけど、それなりに強いデッキを作るには運とシングル買いが必要じゃない??

でも、ゲームだったらソフト1本分の値段であらゆるカードが使えるし、好きな時にいつでもデュエルが遊べるってことで購入。

これは当時中古でそこそこ出回ってて、2000円くらいで買ったんじゃなかったかな。たった2000円で200時間近く遊んだんだで?!コスパ良すぎない?!?!?!?!

このゲームの良いところは、遊戯王のお馴染みのキャラクターとデュエルできるだけでなく、本当にカードゲームを遊んでるって感覚になれることだ。

カードを手に入れるにはパックを購入する必要があり、パックを買うにはデュエルで勝利して入手できるゲーム内通貨を消費する必要がある。個人的にその辺がリアルで楽しいなって思うんよね。

いわゆるカードコレクションのシミュレーションも楽しめると。人によってはめんどくさいってなるかもだけど、努力して集めたカードで構築したデッキってのは愛着が格別だし、達成感もあるってもんよ。

「昔の遊戯王をもう一度遊びたい」って人には本当にオススメ。1000種類以上のカードがあるし、多種多様なデッキが作れるから最高よ。

今なら500円くらいで買えるしな!🤩

てことで以上が、俺が超貧乏だった頃に遊んでいたゲームでした。

DSのゲームって携帯機でありながらやり込み要素の多い作品が多くて、貧乏人の俺には本当にピッタリなゲームだった。本当に楽しかったよ。

そして、そういったゲームの方が逆に思い出に残るしね。2度とあの頃には戻りたくないけどwwww