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古い紙と新しい紙が挟まれたクリップボード
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『工事責任者の日誌』

苦労してンディパヤ族を遺跡から追い出したのは、この"お花畑"を奪うためだったと聞くが、その後の工事のお粗末さはどうだ。
遺跡の中にムリヤリ実験棟を作ったために、地下水脈の流れを変えてしまった。
おかけで"お花畑"は干からび、花は枯れる寸前だ。

それもこれも、研究のことしか頭にない主任研究員のブランドンが研究施設を当初の予定の3倍の広さにしたいなんて言い出すからだ。
それを受け入れた結果、俺の前任だったピーターは、とうとう工事責任者から解任されてしまった。
かわいそうに。


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もっとも、この花を枯らしてしまったら俺も同じ運命だ。
あまり同情もしていられない。
早く新しい水源を確保しなければ。
地質調査の結果、ここの地下500メートルの位置に水脈が存在するらしい。
かなり深いが、ファビアノ社製の最新型ポンプシステムを設置すれば大丈夫だろう。

問題は、いつまでにそれをここで持ってこれるかだ。
どう楽観的に見積もっても、年内に必要な機材を搬入し、設置までするのは到底不可能だ。
それまでは人力で水を運び、水を絶やさないようにするしかないだろう。
どうやら、俺の60年代最後のクリスマスは水汲みで終わってしまうらしい。
最悪だ。

(ここからは紙が新しい)

「施設管理者の日誌」

地下水を汲み上げ、始祖花に水を供給しているポンプシステムは、今はまだ正常に動作しているが早急なメンテナンスが必要だ。
アンブレラがこのポンプを設置したのは30年以上前。それから水を汲み上げ続けてきたのだから無理もない。
特に地下水をろ過するためのタンクはもう限界だ。これだけでも早急に交換する必要がある。

幸いなことに、アンブレラの工事責任者の日誌が見つかった。
これによると、ここで使われているポンプシステムはファビアノ社製のものらしい。
ファビアノ社製のポンプシステムなら、うちの資源開発部門の施設でも使っているはずだ。

たしか、ミスター・アーヴィングが所長をしている小さな油田がこの近くにある。
そこからまわしてもらうことにしよう。

  • ここに出てくる『ブランドン』とは、アンブレラの創始者一人であるマーカスの弟子で、アンブレラアフリカ研究所所長のブランドン・ベイリー。(後のファイルで詳細が見れます)
  • ブランドンが始祖花を見つけ、これがT-ウィルスを生み出すきっかけとなる。
  • 60年代最後と書かれていることから、時代は1969年。この年にアンブレラアフリカ研究所が作られたのだろう。
  • アンブレラは2004年辺りに倒産しているので、その後トライセル(=ウェスカー)がこの施設を利用していたのだと考えられる。
  • それもあってか、5ー1の花畑にはアンブレラとトライセルの社印が入った箱が置いてあるのだろう。
  • よって、『工事責任者の日誌』はアンブレラ社員、『施設管理者の日誌』はトライセル社員が書いたものだと推測できる。

主任研究員ブランドンの日記・1
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1966年12月4日
あの日、スペンサー卿は食することで絶大な能力を手に入れることができる「太陽の階段」と呼ばれる花があるらしいと話していた。
最初、皆はそれをまゆつば物のただの噂のたぐいだと思っていたが、それがこのような結果を招くとは!

最初にその可能性に気が付いたのは、我が師ジェームス・マーカス博士だった。
博士は、それを未知のウィルスがDNAを変化させるために起こる現象ではないかと考えた。
何たる慧眼か!
事実、その推測は正しかった。

我々は、花の中に未知のウィルス「始祖」を発見した。
アフリカまでやってきて、この地を探り当て、襲ってくるンディパヤ族に神経をすり減らしながら過ごした。
この3ヶ月の苦労がついに報われたのだ。
昨日まで憔悴しきっていたマーカス博士も、今ではすっかりご機嫌だ。
一刻も早く帰り、研究に没頭したいと意気込んでいる。

私も同じ気持ちだ。
一刻も早く、この始祖ウィルスの謎を解き明かしたい。

1967年2月12日
我々は壁にぶち当たってしまった。
アフリカから持ち帰った始祖花を、我々はこの地で栽培しようとした。
当初は始祖ウィルスの組織培養を試みたが、そのDNAを変質させてしまうと言う特性のため、うまくいかなかった。

そこで、始祖花を栽培することにより、始祖ウィルスの量産を行うことになった。
最初は順調だった。
生命力の強い始祖花は成長も早く、わずかな期間で花をつけた。

だが、そこで問題が発生した。
この始祖花には始祖ウィルスが存在しないのだ!
栽培環境が始祖ウィルス発生に影響を与えているのだろうか。
さらなる検証が必要だ。

3月23日
完全に行き詰まった。
あれから様々な条件で始祖花の栽培を行った。
土、水、気温、湿度、日照時間。
あらゆる条件を同じにしても、始祖ウィルスは発生しなかった。
私は、マーカス博士と今後の研究方針について議論していた。

そこへスペンサー卿がやってきて「会社を興す」と言って来たが、そんなことはどうでも良かった。

始祖ウィルスがなければ、会社なんて興しても無意味だ。
この男は、そんなこともわからないのか。
まったく嫌になる!

  • ジェームス・マーカスとは『バイオ0』にも登場したアンブレラ創始者の一人。
  • アンブレラ創設以前からウィルス開発が進められていた模様。
  • バイオ0に登場するファイル『マーカスの日誌』にも、スペンサーの起業や始祖についての記載がある。

主任研究員ブランドンの日記・2
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1968年4月15日
あれから一年以上、成果が出ぬままに時が過ぎた。
持ち帰った始祖ウィルスも底をついた。
これ以上時間を無駄にすることはできない。
マーカス博士と私はアフリカへ戻る決意をした。
また、ンディパヤ族の襲撃に神経をすり減らすことになるのは辛いが、研究のためには必要な代償として諦めるしかない。

だが、その我々の悲壮な決意をスペンサー卿の一言が打ち砕いてしまった。

「ならば、あの地を奪えばいい。簡単なことだ」

その時の我々は、いかに間抜けな顔をしていただろうか!

そんなこと、思いもつかなかったのだ。
いかにも俗物のスペンサー卿らしい発想だが、今はそれがありがたかった。
マーカス博士と私は、その提案を受け入れることにした。

8月19日
ついに朗報がやってきた!
あの地からンディパヤ族を追い出すことに成功したそうだ。
実際には地下遺跡の半分を奪取したにすぎないそうだが、始祖花が生育しているあのエリアを手にすることができればなんの問題もない。

さらにスペンサー卿は、あの地に始祖ウィルスを研究するための建設すると言う。
彼にしては、素晴らしいアイデアだ。
早速、マーカス博士と私はアフリカへ向かう準備に取り掛かろうとしたが、スペンサー卿がそれを止めた。
マーカス博士には、ラクーンシティにある幹部養成所の所長をして欲しいと言うのだ。

最初はその要請に面食らったが、考えてみれば博士には落ち着いて研究ができる環境が必要だ。
今、アフリカへ行ってもろくな研究設備はない。
研究所が出来上がるのは、まだ先の話だろう。
ならば私だけがアフリカへ出向き、始祖ウィルスをマーカス博士へお届けすればよい。

マーカス博士もスペンサー卿も、私の考えに同意してくれた。
早速、アフリカ行きの準備を整えなくては。
明日からは忙しくなるぞ。

9月29日
アフリカに来て2週間が経つ。
やはり、博士はお連れしないで正解だった。
研究施設とは名ばかりの機材が積まれただけのテント、ンディパヤ族の襲撃を警戒するために雇われた兵士たち、そして何よりも私をイラつかせるのが、研究施設を作るための工事の騒音だ。

より高度な研究を行うためとは言え、これではおかしくなってしまいそうだ。
こんなところで、まともな研究ができるわけがない!
ここで私ができることと言ったら、始祖花から始祖ウィルスを抽出し、マーカス博士にお送りすることだけだ。
それだけに集中することにしよう。

1969年6月15日
ついに研究施設が完成した。
これで、晴れてここは「アンブレラ・アフリカ研究所」となったわけだ。
だが、この9ヶ月間で分かったことがあるある。
この程度の研究施設ではダメだ。
もっと広く、充実した設備が必要だ。
そして、もっと研究員を増員しなくては。

ここは始祖ウィルス研究の最前線となるべき場所だ。
ここでの発見が、そのままマーカス博士の新ウィルス開発の助けとなるだろう。
幸い、これについては、あの守銭奴のスペンサーと同じ意見のようだ。
あいつと意見が合うとは、珍しいこともあるものだ。
  • この日記でも、バイオ0の『マーカスの日誌』と繋がる部分がある。

研究所所長ブランドンの日記
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1998年11月16日
研究所が閉鎖されることになった。
不思議と、どうでもいい気分だ。
そう言えば、アークレイ研究所とラクーンシティが消滅したと聞いた時も同じような感じだった。
こうなってしまったのは、いつからだろうか?

始祖ウィルスの抽出と研究に明け暮れた日々。
全てはマーカス博士のためだった。
……そうだ。
十年前、博士が亡くなったと聞いたあの日から、私は全てに対して鈍感になった。

怒ることもなく、喜ぶこともなく、驚くこともなく、ただ始祖ウィルスを抽出し、アンブレラの各研究所へ送る日々。
部下がもってくる研究の成果をただ評価し、使えそうなものは本社へと報告するだけの、ただの機械だ。

私はすでに死んでいた。

そして、私の半生をかけて育てたこの研究所ももうすぐなくなる。

もう、未練はない。

そろそろ潮時だろう。
  • ブランドンがいかにマーカスを慕っていたかが分かる日記。
  • また、マーカスも唯一信頼した部下だったのではないだろうか。
  • アークレイ研究所は、『バイオ1』の舞台である洋館の地下にある施設。

ジェームス・マーカス博士からの電報
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ワレ tーウィルスノ カイハツニ セイコウセリ

Jan.13.1978
ジェームス・マーカス
  • この部分も、『バイオ0』と繋がる部分がある。

送り状の写し
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アンブレラ幹部養成所 所長
ジェームス・マーカス博士

「始祖」のサンプル、5ケースをお送りします。

Dec.15.1977
アフリカ研究所所長
ブランドン・ベイリー


パート3へ続く