【三国志14】シナリオ『黄巾の乱』を孫堅でクリア!!(前編)

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どうも俺です!!!!!

前回、三国志14のシナリオ『黄巾の乱』を孫堅でプレイ開始したんだけど、実は天下統一を果たしてしまったwwwww

なんとブログを書かずに一気に駆け抜けたって感じ!!いやーーー、マジで楽しかった!!

何故ブログを書かなかったかというと、あのデータで詰んだからなのよwww初っ端から張角に攻められて、兵力に圧倒的な差があったため、耐久戦さえもできずというなww

そのあと6回くらいやり直して、やっと攻略の糸口を見つけ出せたって感じ!

孫堅でのプレイは最も易しいってゲーム内でランク付けされてたけど、絶対に嘘だろwwww難すぎだって!!!ww

ゲームに慣れてない上に、俺のテクニックの無さも相まって、個人的にクソほど難しく感じたぞww初級ではこれだもの!!

てことで、今回はシナリオ『黄巾の乱』のどのようにしてクリアしたのかっていう全体的な流れを紹介して行こうと思う!

もしかしたら攻略のヒントになるかも…?

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1.張角の猛攻に耐えつつ領土を拡大

勢力情勢

何度も言うが俺が選択した勢力は孫堅

シナリオ開始時点での孫堅は超弱小勢力で、所有する都市は下邳のみ。

現役武将は11で、兵糧29,000、兵士14,000とかなり少なく序盤はかなりの苦戦を強いられる。

それに加えて隣国の黄巾こと張角は、所有都市6、現役武将27、兵糧582,000、兵士270,000と既に信じられない戦力差が付いている。

その代わり、孫堅軍には韓当・黄蓋・程普・朱治・孫河といった有能な武将が最初から揃っているのがポイントか。てか、朱治あたりは真・三國無双9とかで新キャラとして出てきそうだけどどうなんだろ??

ただ、軍師を設定する上で最も大切な『政治』で最も高いのは、君主の孫堅を除くと程普と呉国太の74。これはかなり微妙な数値で、周瑜が加入するまでは地域懐柔で領土を奪われまくるので、よく頭を抱えていた。

占領を最優先に考えたのが"寿春"

まず、下邳から開始して南に位置する広陵を占領、そして俺が最も占領を重視していたのが寿春

ここはちょうど張角の領土の間に位置し、広陵のすぐ西隣にある町。

俺はこの寿春、もしくはその南にある蘆江は確実に占領しておきたかったのだ。

その理由ってのが、張角は占領場所の関係上、序盤に確実に寿春か北海の占領を狙ってくる。

張角側からすればここを占領すれば許昌と宛を繋ぐことができて、かつ何進の南への侵攻を抑えることができる。かつ南の蘆江や江夏、採桑といった空白地域を占領できる。

が!!!!!!!!

張角が南へ侵攻すると俺が困るwwwwもし寿春を取られてしまった場合、張角の領土拡大は加速し、何進ですらどうすることもできないくらいに強大化するだろう。

そこで俺はとりあえず寿春を真っ先に取り、ここを死守する方針を固めた。

ゲームオーバーが続いたプレイでは領土拡大を急ぎすぎて兵数や武将の確保が難しくなり、そのまま飲み込まれてしまうって感じだった。

しかし、寿春の占領と防衛に重点を置いた結果、ゲームは良い方へ良い方へと進んで行った。

本当は北海も取りたかったんだけど、とにかく寿春を優先するためにここは捨てた。地理的にも奥まってて進軍がしにくくて序盤〜中盤は放っておいても問題はない都市だと感じたってのもある。

寿春争奪戦が苛烈すぎた

まずは広陵を制圧し、内政を進めつつも寿春の占領に成功。

ここは武将や兵数が少なくても、張角よりも先に取ってやろうって思ってた。あそこまで多くの兵数を抱えた勢力なので、一度取られたら今の戦力で奪うことは不可能だと考えたからだ。

このゲームは戦力で大きく劣っていても、防衛戦はかなり有利に出来ていると感じているので耐久する自信はあった。

で、俺たちが寿春を占領するとすぐさまに高確率で張角が兵を送り出す。指揮兵数が16,000の部隊をポンっと平気で出してくるが、何進とも戦争を繰り広げているためか、こちらに武将のクオリティが低い上に1部隊編成のみ。

それ故か結構簡単に返り討ちにできる。(初級だからかもしれんが…)

よって、寿春を占領したら下邳の半数の兵士と共に、孫堅・韓当・程普・黄蓋の4人を送り込む。この4人の武将は親愛武将に設定されているため、同じ部隊で組むとめちゃくちゃ強いwww

もし下邳も同時に狙われたら、この4人を2つに分散する。親愛武将同士なら2人だけでもめちゃくちゃ強い部隊になるのだ。

寿春を防衛しつつ領土を拡大

とにかく寿春が落ちないように兵力を集中させ、その間に登用や南の地域の占領を進めて勢力の拡大を進めて行った。

奥まった場所にある広陵にはほとんど進攻される心配がないため、ここで集めた兵士と兵糧は全て下邳か寿春に送り込み、いつ攻められても良いような態勢に持って行った。

寿春が安定したと同時に蘆江、汝南、江夏を獲得。寿春に集中しすぎたせいで更に南に位置する建業や呉で厳白虎が決起して新たな勢力が誕生してしまうが、ここらへんは放っておいてもそこまで脅威では無いのでしばらく放置。

そして、張角との本格的な戦争が始まろうとしていた。

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張角との長きに渡る戦い

許昌を巡る有能武将たちの戦い

次なる戦いの部隊は中国のど真ん中。

俺は今後の展望も見据えて許昌を占領すべく、張角に攻め込む決意を固めた。

寿春で一方的に攻められてはしていたものの、こちらから攻めようと決意したのは初。

その理由ってのが、許昌のすぐ北には何進が占領する陳留があり、ここを拠点にして何進と張角が激しい戦を繰り広げていた。

もし仮に何進が許昌を取ってしまうと何進の南下が加速して、最終的に何進を止められなくなってしまうと感じた。

仮に張角を滅ぼした後は確実に何進との一騎討ちになると予感したので、そのことも加味しつつ領土を広げて行く必要があった。

この頃、許昌には50,000ほどの兵士が配置してあり、汝南から全兵力を出しても勝てるかどうか分からない感じだった。むしろ許昌を狙って攻め込めば、新野から汝南を掠め取られる可能性もあったんだよね。

そこで、何進が許昌を攻めるのを待った。兵力差から見て、一度では決着が付かないと判断したのだ。

そして、何進と張角が許昌で激突した隙を突いて、汝南の西に位置する新野に攻め込んだ。この新野にはたった16,000程度の兵しかいなかったんだけど、攻め落とすのにめちゃくちゃ苦労した。

と言うのも、ここに所属していたのが于禁。こいつがまぁーー、強かったんすわwww

寿春と汝南を攻められることを危惧して、孫堅と黄蓋だけで攻めてたんだけど、山のような地形も相まってここを落とすのに半年近くを有したのよね。

おまけに許昌での戦が引き分けに終わり、なんと許昌に所属していたあの恐ろしき曹仁まで援軍に来て絶望を感じたのだ。

このプレイではここまで強い武将と対することがなかったから、損害を減らす戦法を捨てざる得なかった。

やむおえず寿春からも程普と韓当を出陣させ、両者ボロボロになりながらもなんとか勝利して新野を獲得……。

ただ!!!!

この戦いで曹仁と于禁の捕縛に成功し、奇跡的に登用に成功!!!!

これは強力な武将が少なかった我が勢力にとって大きな獲得となった。特に曹仁は戦闘面でハンパじゃない強さを発揮するのでラッキーだった。

また、江夏を攻略した際に浪人になったと思われる太史慈を登用。戦力が一気に分厚くなった瞬間だった。

新野を獲得した俺は遂に許昌攻略に乗り出る。なんとこの許昌の太守は夏侯惇。もしここを攻略して夏侯惇を登用できればラッキーである!

しかも、許昌は今後有能な武将が大量に登用できるため、なるべく早いうちに占領しておきたいと考えた。

そこで、孫堅・韓当・黄蓋・程普隊、曹仁・于禁隊で一気に攻め込み、一度の出陣で許昌の攻略に成功!!!!(太史慈は待機)

これにて捕虜となった夏侯惇曹仁のツテで登用に成功!!

この2人は親愛武将に設定されているため、同隊で戦闘に出せばめちゃくちゃ強力な部隊となるはず!!

更に、ガタガタになり始めた張角からちゃっかり黄忠を引き抜くというねwwzz

こいつもマジで強いし、嫌悪武将がいないので誰とでも組ませられのが最大のメリットと言える。

張角軍が衰退

許昌を奪われた張角は、更に何進によって平原・南皮・小沛・濮陽までも奪われ、衰退の一途を辿っていた。

逃げ場が狭まった張角は、新野の南側である襄陽江陵を占領して生きながらえていた。

もうここで張角を滅ぼすことを決意。

まず許昌の西隣にあると、新野の南側にある襄陽を制圧。

また、このタイミングで孫策が元服して配下に加わる。

孫策もめちゃくちゃ強いステータスかつ裏切ることがほぼ無いため、重宝する武将である。

それと同時に、周瑜・周泰・魯粛・曹休・曹供・大喬・小喬などといった有能な武将が配下に加わり、戦力に更に厚みが増す。周瑜が加入したことで軍師を程普から彼に引継がせた。

程普から不満が出ないか心配だったが、何とかなった…www

そして、このタイミングで新たに2つの軍団を設立。

まず宛や許昌などを拠点に、孫策・周瑜・太史慈・大喬・小喬・周泰などが所属する第2軍団。ここに引き抜いた周倉なども加えた。この軍団は、何進と戦になった際に陳留武関などを制圧してもらうために設立。

そして、襄陽や永安などの南側前半を拠点にし、夏侯惇・曹仁・曹休・曹供・曹純・于禁などが所属する第3軍団。この軍団には南側地域全体の制圧を任せた。

その後、有能な武将や領土を失った張角は一気に衰退し、我が勢力によって滅亡。

実は襄陽での戦の際に張角を捕縛して処断、後を継いだ張宝も零陵で捕縛して処断、張梁の代で黄巾軍は滅亡することとなった。

この張梁は俺たちが登用するんだけど、なんと間も無くして何進との漢中での戦いで捕縛されて処断されるという、まさかの展開になるとはこの時は想像もしていなかった。