【パワプロ2018】再現選手 – 1991 フリオ・フランコ

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プロフィール

経歴

  • フィラデルフィア・フィリーズ(1982)
  • クリーブランド・インディアンス(1983 -1988)
  • テキサス・レンジャーズ(1989 – 1993)
  • シカゴ・ホワイトソックス(1994)
  • 千葉ロッテマリーンズ(1995)
  • クリーブランド・インディアンス(1996 -1997)
  • ミルウォーキー・ブルワーズ(1997)
  • 千葉ロッテマリーンズ(1998)
  • メキシコシティ・タイガース(1999)
  • タンパベイ・デビルレイズ(1999)
  • サムスン・ライオンズ(2000)
  • メキシコシティ・タイガース(2001)
  • アトランタ・ブレーブス(2001 – 2005)
  • ニューヨーク・メッツ(2006 – 2007)
  • キンタナロー・タイガース(2008)
  • フォートワース・キャッツ(2014)
  • 石川ミリオンスターズ(2015)

タイトル・表彰・記録

  • 首位打者:1回
  • シルバースラッガー賞:5回
  • オールスターゲームMVP:1回
  • MLBオールスターゲーム出場:3回
  • ベストナイン:2回(NPB)
  • ゴールデングラブ賞:1回(NPB)
  • メジャー最年長本塁打:48歳254日

選手の特徴

プロ通算27年をプレイしたメジャーを代表する二塁手。
メジャー通算2586安打を誇り、メジャーリーグ、日本プロ野球、韓国プロ野球、メキシコプロ野球でのプレイ経験がある珍しい選手だった。
アメリカと日本の独立リーグでもプレイ経験がある。
 
フランコは82年にフィリーズでメジャーデビュー。
83年にはインディアンスへ移籍し、移籍1年目から遊撃手のレギュラーとして149試合に出場。
それから5年ほど遊撃手として活躍し、88年頃に二塁手にコンバートする。
 
86年に自身初の打率3割超えとなる.306をマークし、以降4年連続で打率3割を達成。
 
88年にはシルバースラッガー賞を初受賞し、以降5年連続で受賞している。
 
90年には日米野球のアメリカ選抜として来日したり、シーズンではオールスターゲームMVPを受賞するなどした。
 
91年には打率.341をマークして、初の首位打者を獲得。
 
94年は打率.319、20本塁打、98打点とメジャーで大活躍するも、なんと95年には千葉ロッテマリーンズと契約して日本プロ野球入り。
当時、現役バリバリの一流メジャーリーガーが日本プロ野球の球団と契約するのは、相当な激震だったようだ。
ロッテ入りの背景には、監督に就任したボビー・バレンタインの勧誘があったとされている。
 
来日した95年もメジャー時代と変わらぬ打率.306、10本塁打、58打点をマークし、ベストナインとゴールデングラブ賞を獲得。
 
96年にはインディアンスと契約して2年ぶりにメジャー復帰。
ブランクを感じさせないバッティングで、打率.322、14本塁打、76打点をマーク。
 
98年には再びロッテと契約。
 
40歳を超えたその後も現役を続け、06年には48歳254日に本塁打を放ち、メジャー最年長記録本塁打を記録。
ちなみにこの時の本塁打はランディ・ジョンソンから放っている。
 
以降、08年に現役引退を表明し、長きプロ野球生活にピリオドを打った。
 
 
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選手能力

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再現年:1991年
  • 試合:146
  • 打率:.341
  • 対左打率:.368
  • 対右打率:.332
  • 安打:201
  • 二塁打:27
  • 三塁打:3
  • 本塁打:15
  • 打点:78
  • 盗塁:36
  • 盗塁死:9
  • 四球:65
  • 三振:78
  • 併殺:13
  • 守備率:.979
  • 失策:14

補足

今回は『首位打者』と『シルバースラッガー賞』を獲得した1991年をベースに作成。
 
特に不満は無いんだけど、『併殺』は付けるべきだったかな、と。
この年は併殺13と驚くほど多いわけでは無いんだけど、基本的にフランコは併殺が多いことで有名。
86年と89年にはリーグ最多併殺を記録するほどだ。
 
今回はサプボジに遊撃手と三塁手を付けてます。
82〜87年にかけてのメインポジションは遊撃手で、82年に三塁手としての出場経験があるため。
三塁手は無くても良いかなって感じ。
 
一塁手としての出場経験もあるが、それは94年以降の話である。
 
 
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パワナンバー

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